大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)184号 判決

京都市中京区河原町二条下ル一之船入町三六六番地

上告人

株式会社窪田

右代表者代表取締役

窪田孝治

右訴訟代理人弁護士

山崎晴夫

田中駿介

被上告人

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

宮城直之

右当事者間の大阪高等裁判所平成五年(行コ)第四〇号誤納金返還請求事件について、同裁判所が平成七年六月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人山崎晴夫、同田中駿介の上告理由について

所論違憲の主張は、土地の短期譲渡に係る譲渡利益に対する課税についての立法政策の当否を争うものにすぎず、違憲の問題を生ずるものでないことは、最高裁昭和二八年(オ)第六一六号同三〇年三月二三日大法廷判決・民集九巻三号三三六頁の趣旨に徴して明らかである。所論は、独自の見解に基づき又は原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)

(平成七年(行ツ)第一八四号 上告人 株式会社窪田)

上告代理人山崎晴夫、同田中駿介の上告理由

一 原判決には、憲法の解釈の誤りがある。

原判決は、土地重課規定が一般的に憲法二九条一項、三項に違反するか否かの問題と、土地重課規定の具体的適用により憲法二九条一項、三項に違反する結果となる場合の問題とを混同しているものである。

すなわち、上告人は土地重課規定は憲法二九条一項、三項に違反する場合があり、本件は正に憲法に違反する場合に当たる旨主張し、その立証をしてきたものであるが、原判決は「土地重課規定は、地価の高騰を抑制するという正当な立法目的を達成するための合理的な規定ということができるから、これが憲法二九条一項、三項に反するものではない。土地重課規定は立法目的に合理性があり、かつ右目的を達成する手段として著しく不合理なものとはいえず、法人は、土地重課規定に基ずく課税の可能性を含む経済的判断に基づいて、土地に関する投資もしくは投機を行うものであることを併せ考えると、不動産を取得した法人に対してのみ厳格な条件の下で課税を行う土地重課規定の適用により、地方税法三七条の三所定の一般的な所得税賦課制限を超える結果となったとしても、そのことだけでは課税としての合理的な程度を超えており、法人の事業の継続ないし存立を危うくする程度の所得課税となるとは言えず、土地重課規定が、法人に対し、一般的に当然受認すべきものとされている制限の範囲を超えて、財産上特別の犠牲を課するものとは言えないから、右鑑定所見書の所見は採用できず、右主張は理由がないというべきである。」として、土地重課規定が一般的に憲法二九条一項、三項に違反するか否かだけを問題にして控訴を棄却した。

二 確かに、原判決の判示するとおり「土地重課規定が立法目的に合理性があり、かつ右立法目的を達成する手段として著しく不合理なものと言えない」ことは、一般的に是認できるとしても、本件の場合は土地重課規定の具体的な適用によって憲法違反となる場合であるから、一般的理由だけでは違憲でないとする理由にはならないものである。

この点について、上告人は控訴審において「課税権の行使は、財産権を保障する憲法二九条との関係で無制限ではありえず、法人税、事業税、府民税、市民税その他の税金の合計額が所得の九〇パーセントを超えて課税される結果となる本件の場合においては、明らかに憲法二九条一項、三項に違反する。」旨主張し、立証してきたのであるから、原判決においても、確定的な数字により何パーセントまでの課税であれば憲法に違反しないというような具体的な判断をするべきである。

すなわち、上告人は、土地重課規定の趣旨を尊重するとともに、地方税法三七条の三の一般的な所得税賦課制限や、財産権保障の趣旨からする法人の事業の継続(資本の拡大、再生産)の保障、財産譲渡の自由の保障等を考慮し、土地重課規定があっても、九〇パーセントを超えて課税権を行使することは違憲であると主張しているものである。原判決の判示では、ただ単に土地重課規定は憲法に違反しないと言っているだけであり、具体的な限度を明示していないので何ら説得的でなく、上告人は到底納得できない。

三 原判決において「法人は、土地重課規定に基ずく課税の可能性を含む経済的判断に基づいて、土地に関する投資もしくは投機を行うものであることを併せ考えると」という趣旨が、法人が土地の譲渡の際に土地重課規定を知っているはずであり、かつ法人は土地について合理的経済行動をとるものであるから土地重課規定は憲法違反でないとするのであれば、その点に関しては原判決は理由にならない理由を挙げているものである。

なぜなら、土地重課規定が憲法二九条一項、三項に違反するか否か、違反する場合があるとしたら何パーセントを超えたときか、という判断において、法人が土地重課規定を知っていたか否か、それを前提とする合理的経済行動をとるか否かは全く関係ない問題であると言わざるを得ない。

四 原判決は、地方税法三七条の三を一般的な所得税賦課制限規定と考えているのであるから、その地方税法の所得税賦課規定の憲法的意義を充分に考慮した上で、土地重課規定の憲法上の問題(限界)を考えるべきであって、ただ単に「土地重課規定が、法人に対し、一般的に当然に受認すべきものとされている制限の範囲を超えて、財産上特別の犠牲を課するものとは言えない」と結論を下すのは、この憲法問題について何ら考えていないものであると言わざるをえない。

すなわち、昭和三六年法律第七四号、地方税法の一部改正(同年五月一日施行)においては、地方税法の規定を次のような趣旨によって改正したものである。

所得割の賦課制限については、従来の住民税においては、第一、第二及び第三のそれぞれの賦課方式ごとに異なる定となっていた。

即ち、第一課税方式にあっては、道府県民税所得割、市町村民税所得割及び前年の所得税の額の合計額が課税総所得金額の八〇パーセントに相当する額をこえるときは、そのこえる部分の額を道府県民税及び市長村民税の所得割の額にそれぞれあん分して減額するものとしていた。而して、この賦課制限にかかる課税総所得金額は八三八六万円である。

これに対して、第二課税方式にあっては課税標準額の七・五パーセントの額が賦課制限額(この制限にかかる課税標準額は六三二万円)、第三課税方式にあっては同じく一五パーセント(この制限にかかる課税標準額は六二三万円)であった。

このように住民税において賦課制限の定を設けているのは、所得に対する課税が国税・地方税で累進的に高まり納税者の手取分が余りにも少なくなることは適当でないと考えられることによるものであって、第一賦課方式の八〇パーセントというのは所得税の最高税率七〇パーセントに住民税の一九・六パーセント(七〇パーセントに住民税の税率二八パーセントを乗じたもの)を合わせて九〇パーセントまで課税されるのを緩和しようとする趣旨にほかならない(財団法人地方財務協会発行、自治省税務局長他著「昭和三六年改正地方税制詳解」六八頁-六九頁)。

右によれば、納税者が所得金額の中から国税・地方税を納付した、いわゆる手取分を少なくとも二〇パーセント以上とすることが適当である。換言すれば、国税・地方税の合計が所得金額の八〇パーセントをこえることは納税者の手取分があまりにも少なくなって適当でないからである。

租税は補償を要せずして、一方的に納税者から財産を奪うものであって、本質的に国民の財産権を侵害する可能性を有するものであるから、立法により具体的に課税権を定めるについても、常に財産権保障を念頭に置き、最大の尊重がなされなければならない。

而して、租税は刑罰のように犯罪によって得た財産の没収ではなく、社会公共の福祉の観点から、あくまで元本から生じた新たな経済的利益の一部を吸収するにすぎない性格のものであって、このことは、課税の限界を画する基礎とされなければならない。

従って、所得課税において憲法上許される税率の上限は、国民の財産権保障の限界として、国民の福祉の観点から広い視野に立って国民生活の全貌を把握した上で、妥当な基準が示されなければならない。

即ち、具体的には、所得金額の何パーセントまでは合憲、これを超えるものは違憲であるということが、はっきりと明示されてこそはじめて国民の財産権が確実に保障されているといえるものである。

このような観点からして、昭和三六年法律第七四号、地方税法の一部改正により、国税・地方税の合計額の課税所得金額に対する割合の最高を、昭和二五年以来踏襲されてきた計算方法を統一して八〇パーセントをもって適当なりとしたうえ、これを超える部分に対し賦課を制限する規定(地方税法三七条の三、一項、三一四条の八、一項)を設けたことは、違憲と合憲の境界を明確に定めるとともに所得課税に関して国税・地方税を総合して税制上の違憲に歯止めをかけたものと解せられ得るものである。

ところが、昭和四九年法律第一七号租税特別措置法の一部改正によるいわゆる土地重課規定(同六三条一項一号)は、土地税制の力を過信して重課によって投機的な土地取引を抑制しようとする不合理な政策に沿って立法されたものであるから、法人税及び地方税法との連動によりおのずから前記合憲・違憲の境界線である八〇パーセントを維持することができない結果を発生せしめ、そのため、従来の歯止めである賦課制限(地方税法三七条の三、一項、三一四条の八、一項)である一〇〇分の八〇だけでは賄い切れなくなり、地方税法附則三三条の三、三項及び三五条五項において、土地の譲渡等に係る事業所得等に係る道府県民税及び市町村民税の課税の特例及び短期譲渡所得に係る道府県民税及び市町村民税の課税の特例について規定し、永い間続いてきた賦課制限一〇〇分の八〇を一〇〇分の八八に変更した。

右の変更は、それまで国民の財産権保障との関係で十分に配慮されてきた合憲・違憲の境界と考えうる基準線を超えてしまっているのに、単に地方税法附則の改正という形式をとり、法律上の整合性を取り繕っただけのものである。

何となれば、右の変更の原因というのは、租税特別措置法六三条一項一号の土地重課規定の新設だけであり、それまでの地方税法の賦課制限規定で十分に考慮されていた合憲・違憲の実質的基準について、何らの議論がなされていないことからしても明らかである。投機的な土地土地取引を単純にかつ直接的に土地税制によって抑制しようとしたもので、その政策立法目的に合理性があったとしても、課税の合理的程度についての配慮が全く欠如していることからしても同条項が憲法に違反することは明らかである。

五 課税権の行使について、憲法八四条では「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定されているが、これは課税条件や徴税手続等は国民を代表する国会議員による立法による定めだけによるものであることを規定したにとどまり、法律又は法律の定める条件によれば、憲法上いかなる課税も認められるということではない。いかに立法目的に合理性があり、かつその立法目的を達成するための合理的な規定であるとしても、その課税の内容において、結果的に憲法において保障された財産権の侵害となる課税については、憲法上その課税権行使は認められない。

成熟した民主主義社会においては、ただ単に、課税権の行使について手続的に正当に定められること(いわゆる手続的保障)を要請されるだけでなく、さらに課税権の行使について実体的にも正当に定められること(実体的保障というべきである)までも要請されていると考えるべきであり、憲法による財産権の保障については、国家の課税権の行使の限界として捉えるべき側面も有しているものである。

この観点からして、法人であれ、個人であれ、所得課税である限り、いかに法律による定めであっても、その所得(利益)に対して一〇〇パーセントの課税が認めることができないのは当然のことである。すなわち、一会計年度の全利益を何等の対価なく税金として吸い上げることは、財産元本の侵害となり理論上も認められない。しからば、一〇〇パーセントの課税が認められないとしたら、それ以下であれば、法律又は法律の定める条件によればどんな定め方をしても憲法違反にならないかどうかが本件における最大の問題である。原判決はこの問題について何ら判断をしておらず、結論として憲法に違反しないと言っているだけで、実際には判断を回避しているものと言わざるをえない。

法人の土地重課規定は、短期的には地価の高騰を抑制するという政策目的があり、重課制度が導入されざるをえない状況もあったので、その政策目的にも一応合理性があり、かつ土地については他の財産と比較して譲渡益の絶対額も大きいとしても、所得を課税標準として法人税、住民税、事業税等の合計額が所得の九〇パーセントを越した課税結果になる場合においては、もはやただ単に政策目的の合理性だけを強調することはできず明らかに憲法違反である。

上告人は、法人であれ、個人であれ、健全な勤労意欲を維持し、正常な企業経営を継続し、なおかつ国家のため自ら納税義務を果たすためには、一会計期間の所得に対する税金の総額が九〇パーセントを超えて課税されたときは、もはや明らかに課税の限度を超えており不合理であると考えている。すなわち、営業主体の正常な拡大再生産を確保し、営業活動を保障することは、憲法二九条の財産権の保障という国民の財産権確保のための憲法上の要請でもあり、一会計期間の所得の九〇パーセントを超えて税金に吸収されると、もはや健全な事業者にとっては、直ちに法人の事業の継続ないし存立を危うくするという程度に達しているものである。

以上のとおり、土地重課規定は、法人税、事業税、府民税、市民税その他の税金の合計額が所得の九〇パーセントを超えて課税される結果となる場合においては、その限度において憲法二九条一項、三項に違反しており、この点について、原判決は憲法の解釈を誤っている。

以上

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